北又ダム  昭和50年代後半のことだ。黒部川の水を流域変更して小川に流し込 む。その水量で小川の流量を安定させ、ダムを運用しようというのだ。 アイデアは、昭和40年頃からあったのだという。 たしかに、この山をひとつ刳り貫けばいいわけだからわかりやすくは ある。同時に途方もないことのようにも思えた。 ・・・・・・・  ダムの上流には、魚止めの滝がある。その滝も、平成7年の大出水 でずいぶん埋まってしまったらしい。ダム湖にも大量の土砂が堆積し、 ダムも寿命も驚くほど縮まってしまった。  いつか、時間の波の中で、このダムさえ呑み込まれていくことが、必ず やってくると思うと、行く川の流れは絶えず、留まることを知らない雲の 流れが一層不思議なものに思えてくる。 イブリ山取り付き 朝日岳(あさひだけ)(2418.3m)への登山は、イブリ山(いぶりやま)(1791m) を登り詰めることに始まる。1000メートルを超える標高を一気に上げる。 もともと、イブリの語源になる農機具である杁にその姿が似ていることから、 朝日岳の古名が恵振ヶ嶽(えぶりがだけ)であったという。朝日岳は越後側 からの呼称である。聞くところによると、5万分の1図「黒部」のなかで、恵振 ヶ嶽を「朝日岳」としたため、その尾根に続く無名峰をイブリ山と呼ぶように なったらしい。 イブリ山は森の山である。山頂部に至っても、森林限界に至らず雄々しい緑 に覆われている。山頂直下でようやくオオシラビソは丈を短くしいよいよ高山 帯に足を踏み入れたことを知らせる。 昭和3年、この登山道が地元山崎村の大蓮華山保勝会(おおれんげさん ほしょうかい)により開かれた際に、イブリ坂と呼ばれるイブリ山への急峻な 坂を北又谷渡渉点を基点に10合目に分けた。 ひとつ、ひとつ、その登山道を歩んでいく。ここまで、上がり下がりを繰り返し てきた標高は、ここで一気に2000メートルの領域に至る。