高天神城

 高天神城は、掛川市上土方・下土方にある山城跡で、武田信玄・勝頼と徳川家康が激しい争奪戦を繰り広げた城として有名な国指定の史跡です。
 16世紀初頭に今川氏の詰めの城として築城されたようです。土豪の小笠原氏が城代となっていましたが、1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いで今川義元が敗れ、小笠原氏は徳川家康の家臣となります。1574年(天正2年)武田勝頼が2万の大軍で攻め、開城し武田方の城となります。「高天神を制するものは遠江を制す」と言われていた重要拠点であったこの城をめぐって、二度にわたる攻防戦の結果、長篠の戦いにも敗れた武田勝頼は滅亡の道をたどることになります。
 海抜132m、標高差100mの急峻な山に、多くの土塁や堀切のある中世の山城でしたが、家康は近くに築いた横須賀城を武田への備えとし、この城は廃城となりました。
 

2009.9.18

2011.4.6