箕輪城

 箕輪城は、高崎市箕郷町にある平山城跡で、国指定の史跡です。
 戦国時代中期、関東管領・山内上杉家の重臣で、上州長野郷の豪族長野氏によって築城されました。長野業正の時代には箕輪衆と呼ばれる在郷武士団をかかえ、西上野での一大勢力でしたが、たびたび武田信玄の侵略に脅かされていました。業正がこの箕輪城で亡くなり、業盛が跡を継ぎますが、1566年(永禄9年)信玄の2万の兵での総攻撃によって落城しました。武田氏が滅亡すると、織田信長の家臣滝川一益が厩橋城の支城とし、本能寺の変後は北条氏邦が占拠します。北条氏滅亡後、徳川家康は重臣の井伊直政を12万石で城主とし、直政は城と城下町を整備しますが、在城8年で1598年(慶長3年)和田城(高崎城)に移り、この城は廃城となりました。
 榛名白川と榛名沼を天然の堀として、東西約500m、南北1,100m、面積約47haという広大で堅固な城でした。本丸・御前郭ほか数々の曲輪を仕切る土塁や空堀が残っていて、なかでも城内を南北に分断する大堀切は必見です。
 平成28年11月に郭馬出西虎口門が完成しました。井伊時代の門の礎石から伝統工法によって復元されました。

2009.10.15

2017.10.18

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