大給城

 大給(おぎゅう)城は、豊田市大内町にある山城跡で、国指定の史跡です。松平・徳川氏の発祥の地である松平郷の本城にあたるのが大給城です。
 1467-87年頃に土豪長坂新左衛門の居館でしたが、松平信光が攻め落とし、三男親忠(松平宗家4代)に与え、親忠の次男乗元が初代城主となり大給松平の祖となります。5代真乗から徳川家康に仕え、1590年(天正18年)家康の関東移封に伴い、城は廃城となりました。
 本丸跡、二の丸跡、居館跡の他に、水ノ手曲輪といわれる取水施設の跡があるのが大給城の特徴です。谷筋を堤防などで区切って2つの曲輪を造り、それぞれの曲輪内を井戸水と雨水によって、水堀と水利の役割をさせるというダムのようなもので、遺構が良く残っています。
 大給松平家の子孫は、三河西尾豊後府内信州龍岡などの藩主となって明治を迎えました。

                                 

2010.3.12
愛知の表紙へもどる