足助城

 足助城は、豊田市足助町須沢にある戦国時代の山城跡です。標高301mの真弓山の山頂を本丸としていて真弓山城ともいいます。
 鎌倉時代にこの地を支配していた豪族足助氏は、飯盛山城を本城として、真弓山城ほか5城の城砦を築き「足助七屋敷」と言われていました。室町時代に足助氏が滅び、鈴木氏が足助地方を支配し、真弓山城を本城としました。1571年(元亀2年)に武田信玄が三河へ侵攻した時には城を明け渡しますが、1573年(天正元年)には徳川家康の長男信康が奪還し、再び鈴木氏に守らせました。鈴木氏は家康に従い、高天神城の戦いなどで戦功ををあげますが、家康の関東入封に従い、足助城は廃城となりました。
 発掘調査によって発見された掘っ立て建築の柱跡にあわせて全国で始めて復元整備されました。本丸高櫓・物見櫓・門・柵などが復元され戦国時代の山城の様子がよくわかります。

2011.4.7


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