高等教育改革とマルチメディア
e−ラーニングの世紀
領域代表者 坂元 昂
メディア教育開発センター 所長
21世紀最初の年、5回ほど海外の国際会議などに招かれ、講演をする機会があった。そのすべてにおいて、e−ラーニングが大きなテーマだった。マルチメディアの高度利用を中核とする、情報通信技術の教育利用に世界の大きな関心が集まっている。e−ラーニングでは、ウェッブ上で学習ができるので、国境を越えた教育を実現する際、教材、人材の移動コストが要らず、教材の移動の際の関税障壁も、人材交流や教材輸出入の際の文化宗教隔壁も、相手国に大学の分校を設置する際の大学設置基準の制約もない。一挙に、世界中からウェッブで学習コミュニティに参画できる。すなわち、ウェッブの世界では、教材の輸出入の必要はない。ウェッブに掲載するだけで、誰でもが教材に接触できる。海外留学、講師の海外派遣の必要もない。自分の居所に居ながらにして、ウェッブ上で自由に教育・学習活動を営むことができる。もちろん相手国にわざわざ分校を設置する必要もない。ネットワーク自体がバーチャルな学び場となる。世界のあらゆる知が、ネットワークにつなっがていて、いつでも、誰でも、どこでも、それを入手できる。適当な対価を払い、評価に合格すると、修了証書、学士、修士、博士の学位などが取得できる。このような状況が生まれている。
そこでは、大学などの教育機関も、教育内容をコースとして提供する民間企業・団体も、教育サービス提供者、教育コンテンツ提供者としては、同等となる、やがて、学生を取り合う、大変な競争が起こりうる。
日本の学生の語学力の向上、翻訳技術の向上、海外からの日本語によるコースの提供などによって語学障壁が克服されるとき、日本の大学は、国際競争の場にひきだされることになる。いやでも、国際社会に通用する教育の成果を上げねばならない。はたして、どれだけ日本の大学が世界の学生を引きつける魅力を示せるだろうか。大学教育が国際的な場で真に質を問われる時代になってきたのである。
日本の学生の語学力のなさに助けられて、英語を主体とするネットワーク上での学習が、一般化しにくい現状に、いつまでも甘んじているわけにはいかない。語学の障壁を克服するための研究開発、その上で、実力で海外の大学と教育内容や教育サービスを競い合い、日本のみならず世界の学生を日本の大学に引きつけるためにも、わたしたちの特定領域研究(A)「高等教育改革に資するマルチメディアの高度利用に関する研究」は、大きな貢献をすることが期待できる。
英語、仏語、独語、中国語などの外国語教育の改革、日本語教育の改革によって、世界に開かれた教育学習の場に、日本や世界の学習者を参画させる基本条件を設営する。そして、日本の学術、科学の基礎的・基本的及び最先端の教育内容を各大学が競って提供する。そのためのマルチメディア教材や教育評価システムなどの道具立てを設計開発する。
こうして、グローバル時代において、国際的に通用する資質・学力・能力を備えて学生を世に送り出す大学にならねばならない。
遅ればせではあるが、日本の高等教育政策もこれに対応を取り始めた。
教育改革を、ICT(情報通信技術)を活用して実現しようというのが、今日の最重要国策の一つになっている。 2000年末に、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法、いわゆる「IT基本法」が制定され、その第18条には、すべての国民に情報リテラシーの教育を与えること、さらに、ITを支え、発展させる専門的、創造的な人材を育成することが明示された。その実現のために、e−JAPAN2002プログラムが相次いで発表され、高速・超高速・インターネット普及の推進、教育の情報化、人材育成の強化、IT学習機会の提供、ネットワークコンテンツの充実などが強調され、世の中が大きく動き始めた。4月からは、通信制の大学では、学部卒業に必要な124単位のすべてをインターネットによる学習ときめ細かな指導により修得させることができるようになった。通信制の大学でも、60単位まで、インターネットによる授業で単位を与えることができるようになった。日本の大学がインターネットを通じ海外で学習する学生に単位を与えることも、また、外国の大学のインターネット授業の単位を認定することも同様に、60単位の範囲内で可能になった。大学院の教育では、教育の方法上では、通学制と通信制の大学の境界は実行上なくなっている。
学習者の立場からは、大学がお仕着せで与えてくれるカリキュラム、教育内容、教育方法の中で受動的に学習するに留まらず、自ら積極的にネットワークにつながる世界の知を探し求め、得られた情報を料理して、新たな知識を作り出すような学習が始まっている。これこそが、21世紀に期待される課題探求力やリーダーシップをもつ学生の教育に必要な学習形態である。
インターネットだけでなく、通信衛星を活用する教育の改革も順調に進んでいる。メディア教育開発センター(NIME)に中央局を持つ、スペース・コラボレーション・システムが、北海道から、沖縄にいたる 123の大学などに150の地上局をおいて、授業や研究会を、同時双方向の音声動画像で交換している。離れた地域の他の大学の優れた教授陣が、それぞれお得意分野の領域で講義をし、世界に誇る優れた日本の知を共有している。
11月22日には、国際宇宙ステーションに滞在している3人の宇宙飛行士と、114のVSAT局の約400名が、NASAとNIME経由で結んで、宇宙遠隔科学技術講義に参加した。宇宙との双方向の学習が見事に成立した。従来の教育では考えられなかった新しい学習が始まっている。
マルチメディアを中核とする高度情報通信技術は、教育を大きく変えつつある。
わたしたちの特定領域研究が、マルチメディアによる高等教育の改革に大きく寄与することを期待している。
本年度は、公募研究も出揃い、数多くの成果が発表される。現実の高等教育の改革に実用化される研究が増えることを望んでいる。